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21 4月

アメリカン・ヒーローのトニー役を演じるマイケル
 僕はマンハッタンのローワー・イーストサイドに兄のテレンスと住んでいた。テレンスは国文学を勉強しにコロンビア大学へ、僕は演技の学校へ通った。僕らは父方の祖父からそれぞれ300ドルを相続していたし、テリーはライカーズ・アイランドの拘置所でバイト、それに僕のエージェントがたまに仕事をくれたので、まあ何とかやっていけてた。
ビビアンという綺麗な女優と一緒に学生映画に出たことがあるんだけど、あるとき、彼女がマンハッタンのローランというナイトクラブへ夕食に招待してくれた。行ってびっくりしたよ。その夕食会にはサルバドール・ダリと妻のガラやミア・ファローがいた。それから、憧れの芸術家や女優たちからドラッグクィーンに、ピーチーズと呼ばれていたホームレスの男まで、ありとあらゆる人たちがいたんだから。
 僕はガラとダリの隣に座っていた。すると、彼女は花びら占いをして、僕の目を覗き込むと言った。一人の女性が僕の前に現れる、そして、僕を有名にしてくれるだろうって。ガラにはそれが誰なのか、その場所も理由もわからなかったけれど、半年以内にそれが起きるわ、とだけ言った。
 まさに案の定と言うべきか、ABCテレビのタレント発掘番組でジョイス・セルズニックが「キャトル・コール」(公募オーディション)をしている最中のようだった。僕は他の応募者に続いてオーディション会場に潜り込み「オーディション・シーン」のスライドを手に入れて、そのシーンを練習し始めた。
 と、応募者全員が練習している所へ一人の女性が入ってきた。彼女は杖を持ち、僕に歩み寄ってこう言った。「私の言うとおりにすれば、あなたをスターにしてあげるわ。私ジョイス・セルズニックよ」で、僕は言った。「オーケー、ジョイス。じゃどうすればいいのですか?」すると、彼女のパートナーがLAの電話番号をくれ、来週電話するようにと言うのだった。
 帰宅後兄に今日の出来事について話はしたが、僕はそのまま仕事に出かけた。レストランの仕事に戻るともう演技したことはまるで夢みたいに思えるのだった。 きっかり1週間後、ジョイスとジャンに電話をすると、契約書を送るからサインをするようにとのことだった。書類にサインをして送り返すと、ジョイスから電話があった。スクリーンテストをしにニューヨークに来ると言う。彼女は二つのテストパイロット版を練習するようにとスライドを送ってきて、テストの場所と日時を指定した。僕はそのシーンについて準備をし、時間きっかりに参上して、テストを受け、ランチをご馳走になり、そしてまたレストランの仕事にもどった。
 1週間ほどたった後ジョイスが電話をしてきた。ABCテレビが8000ドルの小切手とLA行きのファーストクラスの往復チケットを送ると言う。こうして僕はハリウッドへと旅立ち、スティーブン・キャネル制作『アメリカンヒーロー』で準主役を演じることになったんだ。

マイケル・パレ

(訳:オリオンの三ツ星)