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2008/11/03

マイケル
 家族や友人に別れを告げ、新しい冒険が始まった。あとでわかったのだが、フランコ・ゼフィレッリ監督、ブルック・シールズ主演の『エンドレス・ラブ』のスクリーンテストに呼ばれたその日は、『アメリカンヒーロー』のためにLAに発つ日だった。だから、NYで待つよう言われたときには、わるいけど飛行機に乗らなきゃいけないのでタクシーをつかまえなきゃ、と言ってLAに向かった。
 ホリデーインは当時ハイランドとハリウッド通りにあって、朝部屋のカーテンを開けるとあのハリウッドの文字が見えた。だから、これは夢じゃないんだと思ったよ。ルームサービスを頼んだら、何とこの勘定も払う必要がないのを発見したりね。ABCテレビやスティーブン・キヤネル社の誰かと会う時以外は大体部屋で食事をした。ある時、スティーブン・キャネルがムソー・フランクスというハリウッドの有名な店にランチに連れて行ってくれた。そこはサイレント映画の時代からずっとスターたちが常連になっているレストランなんだ。僕はスティーブン・キャネルがどういう人物なのかよく知らなかった。ジョイス・セルズニックに僕のボスになる人だと言われるまでは。
 
 スティーブンは僕のアパートが見つかるまでの間、車を貸してくれた。僕はそれまで車を持ったことがなかったので、駐車券をもらったんだけどそれを捨ててしまったんだ、映画の中で男たちがやっていたように。それがあとで困ったことになった。『アメリカンヒーロー』の撮影が始まった頃、輸送担当の責任者が未払いの駐車料金のことで手錠をかけられ連行されたからだ。そのことで僕は今まで責任者スタンピーに謝る機会がなかった。申し訳ないと思っている。
 スティーブンが『アメリカンヒーロー』の脚本読み合わせに出演者を集め、そのとき僕は出演者全員と初めて会ったんだ。ドン・セルバンテスやフェイ・グラントとはすぐ友達になり、近所に住むようになった。フェイが僕らを車に乗せてってくれた。しばらくの間僕らは本当に仲のいい友達だった。でも、後でわかったんだけど、撮影が始まる前に俳優たちがストライキを起こしたために、僕はLAではやることがなくなってしまい、演技のクラスに戻って撮影開始を待つ羽目になった。
 
 ジョイス・セルズニックと彼女のパートナー、ジャン・マコーミックはしょっちゅう僕を自宅に招いてくれた。ジョイスは僕の非公式のマネージャーになった。当時彼女はABCテレビと契約していたからだ。

マイケル・パレ

(訳:オリオンの三ツ星)

3 Comments for バイオグラフィー/ パート3

  1. Comment by Yoko:

    こんにちは。
    待望のバイオグラフィーパート3!です。
    新しい世界に飛び込んだ青年が、慣れない業界に戸惑う様子が感じ取れました。
    同じ頃、私は何をしていたか、遠い目になってしばし考えてしまいました。(マイケルさんのように詳しく覚えていない・・・)
    次も楽しみにしています。


  2. Comment by 吾亦紅:

    バイオグラフィーパート3、いよいよ佳境に入りますね。わくわく、です。ご本人の言葉で知るキャリアの入り口。何よりも貴重なファンへの贈り物、幸せです。時間を追って執筆なさっているようですが、時には、あなたの「今」も知りたい。贅沢な要望は承知の上でお願いしたいです。


  3. Comment by ちよ◆Yoko様吾亦紅様:

    ◆Yokoさま
    こんにちは~
    待ちに待った!という感じです~
    まだ右も左もわからない
    初々しいマイケルのとまどいを
    感じることができて私もうれしかったです!!
    私はその頃・・・・・・さっぱり記憶がありません(^_^;)
    うわ~そう考えると、マイケルの記憶力、すごい!!(笑)
    次も楽しみですね♪
    ◆吾亦紅さま
    ご本人の口から語られる言葉は、
    どんなバイオグラフィーよりも、
    ずっとずっと心に響きます(*^^*)
    本当ですね。
    素敵な贈り物を、ありがとう!と
    マイケルにお伝えしたいです~